大阪理容業界の歴史~昭和末期から平成以降

阪本常次郎氏大理環理事長(4期)

 昭和63年5月の役員改選では、阪本理事長、福岡、石橋両副理事長、岡本学校長が再任され、新たに近江寿夫氏が副理事長に就任した。 また阪本理事長は、全理連の役員改選で副理事長に選任され、大阪府整容国民健康保険組合の理事長にも就任して、全理連並びに整容国保面でも活躍するようになった。

 

平成3年5月の役員改選で阪本氏は再び、両理事長並びに全理連の副理事長に選任され適正化拡大委員長として適正化規程の是非を検討すると共に、 平成4年10月5日、6日、7日、千葉県幕張メッセで開催された世界理容美容選手権大会において、日本は団体優勝し、日本の技術を世界に示した。

 

平成6年5月の役員改選で全理連の副理事長を勇退し、議長に就任、大阪府環境衛生同業組合協議会会長に就任。大理環では阪本理事長、福岡、竹中、中垣副理事長が再選された。

中垣昇氏大理環理事長に就任

 平成7年9月1日、組合運営に力を注いだ阪本理事長が任期を残し死去、同10月2日に組合葬が営まれた。

緊急理事会を開催し中垣昇氏が大理環理事長に選任された。 故阪本理事長時代より、是非を検討していた適正化規程は現状の自由経済にそぐわない等公正取引委員会よりの指摘もあって平成8年4月 1日、大阪府に対し廃止の手続きをとった。

しかし組合定款には、全理連の方針とともにいまだ環適法も改正がないので、改正しなくても良いとの方針で適正化規程の文言は残っている。

 

平成9年5月の役員改選では、中垣理事長が選任され、新たに西田正夫、小倉末男の両氏が副理事長、福岡亀夫氏が学校長に就任。中垣理事長は、全理連役員改選で常務理事経理委員長に選任された。

小倉末男氏大理環理事長に就任

 平成11年8月26日、組合理事長ならびに全理連常務理事・経理委員長として組織運営に全力を注いだ中垣理事長が任期を残して死去。 同28日に葬儀・告別式が営まれた。10月4日、理事会を開催し、小倉末男氏が大理環理事長に選任された。 故中垣理事長時代より協議をかさねてきた総合貸借対照表の出資金処理については、総代会の議決により法定準備金として処理した。 地域保健法一部改正に伴い定款を一部改正、現状支部体制で運営できるように対処。また、組合費及び保険料等の納入を郵便局の引き落としに変更し、事故の軽減に備えた。 平成12年5月の役員改選では、小倉理事長が選任され新たに松本祐、武部桂之祐の両氏が副理事長に、福岡亀夫氏が学校長に就任、環衛法一部改正により定款を一部改正、 福祉との振興の字句を挿入し、今後、介護理容師の養成をはかることにした。

松井義三氏大理生理事長に就任

 平成15年5月の役員改選では、松井義三氏が理事長に選任され、武部副理事長が再任、新たに茗原柏男氏が副理事長、松本祐氏が学校長に就任。

また7月には大阪府整容国民健康保険組合の理事長にも就任し、活躍をしている。

 平成18年5月の役員改選では、松井義三氏が理事長に再任、新たに森田勝、石井勝の両氏が副理事長となり、茗原柏男氏が学校長に就任した。また、同月に全理連で行われた役員改選では、松井氏が全理連副理事長に選任され、全国に活躍の場を広げた。

石井勝氏大理生理事長に就任

平成24年5月、役員改選が行われ、石井勝氏が理事長に選任され、都原茂人、西山昭二の両氏が副理事長、西村朝雄氏が学校長に就任。

都原茂人氏大理生理事長に就任

平成27年5月、役員改選が行われ、都原茂人氏が理事長に選任され、西山昭二、中村成揮の両氏が副理事長、森岡吉竹氏が学校長に就任。